千雨と蟻と小銃と 36-5


「来たか」
 なにをするでなくソファにかけていたエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが立ち上がる。
 ここの持ち主として来客は出迎えねばならない。月明かりに照らされた海を眺めながら屋上に出た。
「ここまで骨を折ってやっているんだ。なにがなんでも封印は解かせるからな」
 この場に居ない協力者に言い放つ。その彼女は用事が出来たと出て行ったきり帰って来ていない。ここで来客と鉢合わせになるのも面倒なので、都合がいいと言えば都合がいいのかもしれないが、やらなければいけない事が山積みのはずだ。
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千雨と蟻と小銃と 36-4


「小島くん、なにをしているのですか?」
 思わず悲鳴を上げそうになった。手で画面を隠しながら見返ると、阪井が後ろで手を組んで朗らかな笑みを浮かべている。
 そんな阪井に対して、シッ、声が大きいと人差し指を立て唇に当てる身振りをする小島。そして視線をキョロキョロと忙しなく周囲に走らせ、ほっとため息をつく。幸い阪井以外の同僚はいなかった。皆、出払っている。捜査本部にいるか、今夜の警邏に備えて英気を養っているのか、分からないが、全身全霊を持って捜査に取り組んでいるのだろう。それだけは間違いないはずだ。

千雨と蟻と小銃と 36-3


 長谷川千雨は足を止めて、唐突に目を擦りだした。
『目は擦らない方がいいの。傷が付いたら大変なの』
『むしろ、目玉抉り取って新しいのに変えた方がいいかもしれない』
 と呟き、睨み付けるように前方を見遣る。目を擦りすぎて視界が歪んでいた。
 病院から駅へと続く大通り、人通りは多い。昨日の事件も相まって普段よりも多いのだろう。

千雨と蟻と小銃と 36-2


 剣撃の鳴り響く隙間を縫って、息を呑む音が聞こえたような気がした。
「間ニ合ワナカッタナ」
 チャチャゼロが届かぬ声をかける。自分達か掻き鳴らすのとは別種の音が、大地まで震わせ、森の一部が光で覆い尽くす。魔法による一声掃射だろう。遠目に姿も見えてきた。向こうもこちらを認識しているはずだ。救助隊はあともう少しと力を振り絞り、気力を振り絞っているに違いない。