千雨と蟻と小銃と 33-8


 久米耕一郎は、その一部始終を見ていた。
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルから伸びた糸の行方を、瞬きも出来ない不自由な身だが代わりに冴え渡った視覚機能ですべて見て取った。
 妻が朝、挿し花の茎に糸が絡まる。花は微動だにしない。
(なぜだ)
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千雨と蟻と小銃と 33-7


 久米耕一郎は気付かなかった。
 それはいた。いつからいたのかも分からない。リビングのドアがカチャリと音を立てて開くこともなく、土足のまま上がり込んでいた。
(どうやって……)
 分からない。魔法を使われた形跡はない。なぜなら護衛として配置されているスーツ姿の人間を模したゴーレムが微動だにしていなかったからだ。

千雨と蟻と小銃と 33-6


「報告はまだないか」
「はい、まだありません」
 肌を刺すような緊張感漂う一室。火村は男達のやり取りを部屋の隅で聞きながら、手にした似顔絵に視線を落とす。それだけでささくれだった空気に皮膚が削られるような痛みを憶え、眉間に皺を寄せた。

千雨と蟻と小銃と 33-5


「ちょ、ちょっと待つの!! 話が途中なの。そんなところで切ったままじゃ気持ち悪いの」
 アナセスの声が、玄関に向かおうとしていた長谷川千雨は足を止めた。
「処理能力を減らすために発見するんじゃなく追跡にしたらいいんじゃねーか、って思ったんだけど、あいつ移動方法が徒歩だけとはかぎらねーんだよな。そうなると見失う可能性が高いから、やっぱし発見じゃないと」

千雨と蟻と小銃と 33-4


 食堂で夕食を終えたが、まだ物足りないと買ったショートケーキを長谷川千雨は手づかみで頬張った。
 一口で半分以上。味わっているとは思えない食べ方だ。ただエネルギー源を求めるようにむさぼっている。咀嚼も適当に二口で食べ終わると手についてクリームを舐めとった。
 その間、視線はパソコンモニターとテレビ画面を交互していたが、しかし、どこか彼方を見ているようでもあった。