千雨と蟻と小銃と 32-10


『さ・て・と』
 長谷川千雨がそう口ずさみ、なにかを考え込みだした高畑・T・タカミチから目を離した。
『まあ、こんなもんかな。伝えておくべき事は伝えたし』
 事実とは違うがキーワードを抜き取って顧みると、さして問題ではないだろう。重要なことはすべて含まれている。
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恋情奇譚 10


(まずい、タイムパトロールが実在した)
 どこからどうしたらそこに行き着いたのか、そして、それから逃げなければいけないのかとかいろいろすっ飛ばして、形振りなど構っていられなくなったネアネ・スプリングフィールドは全力疾走で自室に向かっていた。
 すれ違う寮生達がネアネに注目する。確かに早い。オリンピックに出れば金メダル間違いなしだ。しかし、それでもそれでしかなく寮生達は突如、現れた弾丸ランナーを危なげなく躱すか、その場から動かずやり過ごしていく。

千雨と蟻と小銃と 32-9


「まず、そうですね。ここ――マクダウェルの別荘にみんなと向かっていたところ、呼び出されたマクダウェルと合流したんです」
 高畑・T・タカミチは、ソファに浅く座りちょっとだけ背を丸める話す長谷川千雨を凝視していた。
 元生徒はテーブルの上に置いている異臭を放つ飲み物を口にして眉間に皺を寄せる。それはまるで記憶を喚起させる儀式のようだ。

千雨と蟻と小銃と 32-8


 ボールから二リットルは入るだろう水差しに作ったものをボトボトと注ぎ込んでいると、
「ねぇ、本当にそれを飲むの?」
 と神楽坂明日菜の声が聞えてきた。
 長谷川千雨はちょっと音が遠くなったな、と肩越しに振り返る。すると、数歩離れた位置で明日菜が目を剥きながら口許を手で押さている。

千雨と蟻と小銃と 32-7


 長谷川千雨達が別荘に入るのを見届けて、およそ十分経ったが、その間、天ヶ崎千草が何をしていたかと言うと、彼女は彼女で忙しくエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル邸の模様替えを行っていた。
 他の目を警戒して目立ちすぎる着ぐるみのような式神達の形は潜めている。代わりに使役する式は鬼のディテールをしていた。それらが家具を手際よく二階に運んでいき、見る見る間にリビングから物がなくなっていった。